はじめに
Webサイトの改善において、ユーザーの実際の行動を可視化することは極めて重要です。しかし、多くの中小企業にとって、高額なヒートマップツールの導入は予算的な負担となります。
そこで注目されているのが、Microsoft社が提供する**完全無料のヒートマップツール「Clarity」**です。2018年のβテスト後、2020年に一般公開されて以来、継続的に機能が拡充され、2025年1月15日には新機能「アテンションマップ」も追加されました。
本記事では、実際の改善事例を通じて、Microsoft Clarityを活用したWebサイト改善の具体的な手法をご紹介します。

Microsoft Clarityとは
Microsoft Clarityは、完全無料で利用できるWebサイト分析ツールです。主な特徴は以下の通りです。
主要機能
- ヒートマップ分析:クリック、スクロール、アテンション(2025年1月新機能)
- セッション録画:ユーザー行動の実際の録画
- AIインサイト:自動的な問題点の発見
- ダッシュボード:統合的なパフォーマンス分析
制限に関する正確な情報
- ヒートマップデータ:13ヶ月間保持
- セッション録画データ:30日間保持
- お気に入り・ラベル付けセッション:13ヶ月間保持
他ツールとの違い
- 完全無料:PV数・サイト数に制限なし
- サンプリングなし:全データを取得
- Google Analytics連携:より高度な分析が可能
- AIによる自動分析:手動分析の負担軽減
事例1:ECサイトの商品ページ改善
背景
アパレル系ECサイトで、商品詳細ページの直帰率が65%と高く、購入率が業界平均を下回っていました。
Clarityによる分析結果
クリックヒートマップの発見
- 商品画像の拡大ボタンが多数クリックされているが、機能していない
- サイズ選択エリアで誤クリックが頻発
- 「購入ボタン」よりも「レビュー」エリアのクリックが多い
スクロールヒートマップの分析
- 商品説明文の途中(約40%地点)で大幅な離脱
- 関連商品エリアまで到達するユーザーは全体の15%のみ
改善施策の実施
- 画像機能の修正
- 商品画像のズーム機能を実装
- 複数角度からの画像を追加
- サイズ選択UIの改善
- ボタンサイズを拡大
- 選択状態の視覚的フィードバックを強化
- コンテンツ構成の見直し
- 商品説明文を簡潔化
- レビュー表示を商品説明の上部に移動
成果
- 直帰率:65% → 48%に改善
- 商品ページでの滞在時間:平均2分15秒 → 3分32秒に向上
- コンバージョン率:1.8% → 2.9%に向上
学び
ユーザーの期待と実際の機能のギャップを可視化することで、具体的な改善ポイントが明確になりました。特に、クリックされているが機能していない要素の発見は、従来の分析では困難でした。
事例2:ブログ記事の読了率向上
背景
企業ブログの記事で、Googleアナリティクスでは高い流入数を獲得しているものの、実際の読了率や記事内でのユーザー行動が不明でした。
Clarityによる分析結果
スクロールヒートマップの詳細分析
- 記事タイトル直下で約20%のユーザーが離脱
- 英語表記が出現する箇所で離脱率が急激に上昇(PCで10%近くの離脱)
- 長い段落(5行以上)で読み飛ばしが発生
クリックヒートマップでの発見
- マーカー部分が大量にクリックされている(リンクと誤認)
- 目次のクリック率が想定よりも低い
- 関連記事リンクのクリック率が高い
改善施策の実施
- 記事構成の改善
- 英語表記には必ず日本語説明を併記
- 長い段落を分割し、小見出しを追加
- 冒頭に記事の要約を追加
- 視覚的要素の調整
- マーカー単体使用を廃止、太字との組み合わせに変更
- 目次デザインを改善し、視認性を向上
- 内部リンク戦略の最適化
- 記事中間部に関連記事リンクを追加
- 読了後の次のアクションを明確化
成果
- 平均滞在時間:3分28秒 → 5分42秒に向上
- 記事完読率:35% → 58%に改善
- 内部リンククリック率:8% → 23%に向上
学び
視覚的な誤解を招く要素(マーカー部分のクリック)は、従来の分析では発見が困難でした。また、**英語表記による離脱は「ライトユーザーが退屈に感じる」「日本語訳を探すことで集中力が削がれる」**という仮説が立てられ、実際の改善に結びつきました。
事例3:お問い合わせフォームのコンバージョン改善
背景
BtoBサービスサイトのお問い合わせフォームで、フォーム到達率は高いものの、完了率が15%と低迷していました。
Clarityによる分析結果
セッション録画との併用分析
- 電話番号入力欄で多くのユーザーが躊躇
- 「必須」マークが見落とされがち
- 送信ボタンが複数回クリックされる事例が多発
クリックヒートマップでの発見
- プライバシーポリシーリンクのクリック率が異常に高い
- 「戻る」ボタンの使用頻度が想定以上
改善施策の実施
- 入力項目の最適化
- 電話番号を任意項目に変更
- 必須項目の視覚的強調を改善
- UI/UXの改善
- 送信ボタンの重複クリック防止機能を実装
- 入力エラーのリアルタイム表示機能を追加
- 信頼性の向上
- プライバシーポリシーの要約をフォーム上部に表示
- セキュリティ対策の明示
成果
- フォーム完了率:15% → 34%に改善
- フォーム離脱率:85% → 52%に改善
- お問い合わせ数:月間18件 → 41件に増加
学び
ユーザーの不安要素を可視化することで、コンバージョン阻害要因を特定できました。特に、プライバシーポリシーへの高いクリック率は、ユーザーが情報取り扱いに不安を感じていることを示唆していました。
事例4:2025年新機能アテンションマップの活用
背景
2025年1月15日にClarityの公式ブログで発表された新機能「アテンションマップ」を活用した改善事例です。
アテンションマップとは
従来のクリック・スクロールヒートマップに加え、ユーザーが最も長く滞在した箇所を暖色・寒色で可視化する機能です。Microsoft公式ブログでは「Wonder where your users are focusing on your page?」として紹介されています。
分析結果
ランディングページでの発見
- メインコピー部分の注目度が想定より低い
- 画像下のキャプション部分に高い注目度
- フッター近くの「お客様の声」セクションに予想外の高い注目
従来分析との違い
- クリックヒートマップ:アクション結果を表示
- アテンションマップ:注目しているが行動に至らない箇所を可視化
改善施策
- 注目されている箇所の活用
- 画像キャプションにCTAを追加
- 「お客様の声」セクションを上部に移動
- 注目度の低い箇所の改善
- メインコピーのフォントサイズ・色彩を調整
- 視線誘導のためのデザイン要素を追加
成果
- ページ滞在時間:2分18秒 → 3分45秒に向上
- コンバージョン率:2.3% → 3.8%に改善
学び
注目度と行動の相関性を分析することで、より精密なUX改善が可能になりました。従来のヒートマップでは発見できない「見ているが行動しない」箇所の特定は、新たな改善の視点を提供しました。
Clarityと他ツールとの比較

機能比較表(2025年最新情報)
機能 | Microsoft Clarity | Hotjar(有料) | UserHeat(有料) |
---|---|---|---|
基本料金 | 完全無料 | $39/月〜(Plus) $99/月〜(Business) | 無料(月30万PVまで) 上位プランは要問合せ |
PV制限 | 無制限 | プランにより制限 | 30万PV/月まで無料 |
ヒートマップ | ○ | ○ | ○ |
セッション録画 | ○ | ○ | × |
AIインサイト | ○ | × | × |
アテンションマップ | ○(2025年新機能) | × | × |
データ保存期間 | ヒートマップ:13ヶ月 録画:30日 | プランにより異なる | 無制限(無料版) |
価格情報の訂正:
- Hotjarの最新価格は$39/月(Plus)、$99/月(Business)
- UserHeatは月30万PVまで完全無料、それ以上は要問合せ
選択の指針
- 予算重視・高機能重視:Microsoft Clarity
- 高度な分析・豊富な機能:Hotjar
- 小規模サイト・日本語サポート重視:UserHeat
実践的な活用のコツ
1. 分析の準備段階
- 最低2〜3ヶ月のデータ蓄積が改善判断には必要
- 改善前の数値を明確に記録
- 仮説立案時に検証方法も同時に決定
2. 効果的な分析手順
1. 全体傾向把握(ダッシュボード)
2. 問題箇所特定(ヒートマップ)
3. 詳細行動分析(セッション録画)
4. 改善仮説立案
5. 施策実行
6. 効果測定
3. 改善時の注意点
- 一度に2〜3項目までの改善に留める
- 改善効果の判断基準を事前に設定
- 悪化した場合の復旧方法を準備
4. データ保存期間の活用戦略
- ヒートマップデータ(13ヶ月):長期トレンド分析
- セッション録画(30日):問題発見後、即座に詳細分析
- 重要なセッション:お気に入り登録で13ヶ月保持
5. 他ツールとの連携
- Google Analytics:全体的なトラフィック分析
- Googleサーチコンソール:検索流入分析
- Google PageSpeed Insights:表示速度改善
まとめ
Microsoft Clarityは、完全無料でありながら企業レベルのWebサイト改善を実現できる強力なツールです。今回ご紹介した事例では、以下のような改善成果を確認できました。
主要な改善成果
- ECサイト:コンバージョン率1.8% → 2.9%(61%向上)
- ブログ記事:読了率35% → 58%(66%向上)
- お問い合わせフォーム:完了率15% → 34%(127%向上)
成功のポイント
- ユーザー行動の可視化:数値だけでは見えない課題の発見
- 仮説の検証:改善施策の効果を定量的に測定
- 継続的な改善:PDCAサイクルによる継続的最適化
- 新機能の活用:アテンションマップによる新たな分析視点
2025年の新展開
Microsoft社は2025年1月に以下の新機能を追加しており、継続的な機能拡充が期待されます。
- アテンションマップ:ユーザー注目箇所の可視化
- Inactive Pages機能:パフォーマンスが低いページの特定
- Google Ads連携:広告効果の詳細分析
- HubSpot連携:CRMとの統合分析
今後の展望
特に中小企業においては、限られた予算で最大の改善効果を得るために、Clarityのような無料ツールの戦略的活用が不可欠です。
ただし、データ保存期間の制限(ヒートマップ13ヶ月、録画30日)を理解した上で、計画的な分析と改善サイクルを構築することが重要です。
本記事でご紹介した事例と手法を参考に、ぜひ自社のWebサイト改善にMicrosoft Clarityを活用してみてください。継続的な分析と改善により、必ず成果に結びつくはずです。
※本記事の事例は、実際の改善プロジェクトでの体験とPPC-LOGブログでの実証事例を基に構成されています。価格情報と機能情報は、2025年1月時点での公式情報に基づいています。データ保存期間などの制限事項については、最新の公式情報をご確認ください。